厨房の衛生管理には人一倍気を使っていたつもりでした。床は毎日磨き、生ゴミも徹底して管理している。それなのに、なぜか夏場になると、カウンターの隅で小さなチャバネゴキブリの姿を見かけるようになる。その原因を突き止めるまで、私の店長としてのプライドはズタズタでした。ある日、プロの駆除業者と一緒に入念な調査を行った際、ようやく真の「敵の入り口」が判明しました。それは厨房の奥にある、食材や備品の搬入口でした。私たちは盲点に気づかされました。毎日届く野菜の段ボール、ビンのケース、そしておしぼりの袋。これらが、店外からの害虫の「トロイの木馬」になっていたのです。業者がライトで照らし出したのは、昨日届いたばかりの段ボールの底の隙間でした。そこには、数え切れないほどのゴキブリの卵と、逃げ出す成虫の姿がありました。業者は私に告げました。店長、どんなに中を綺麗にしても、玄関からハチ公のように招き入れていては意味がありませんよ、と。その日から、私の戦いの舞台は搬入口へと移りました。まず、すべての取引業者に対して、納品物の衛生管理の徹底をお願いしました。段ボールに汚れや虫の痕跡がないか、配送車の荷台が清掃されているか。時には厳しい言葉を投げかけることもありましたが、これも店を守るためです。そして、店内ルールを劇的に変えました。届いた段ボールは搬入口のその場で開封し、中身だけを清潔なプラスチックコンテナに移し替えて厨房に運び込む。段ボール自体は一秒たりとも厨房に入れないという鉄則です。さらに、搬入口の扉の下にあるわずかな隙間には、厚手の防虫ブラシを設置し、夜間の侵入を物理的にシャットアウトしました。扉の開閉時間も秒単位で管理し、荷物の受け渡しが終われば即座に閉めることをスタッフ全員に徹底させました。この「水際対策」を始めてから数ヶ月、店内の様子は劇的に変わりました。トラップにかかるハチの数はゼロになり、閉店後にライトを片手に厨房を点検しても、不吉な影を見ることはなくなりました。害虫駆除とは、単に店内の敵を殺すことではなく、外部との接点にあるリスクを管理することなのだと、この経験から学びました。搬入口は店の生命線ですが、同時に最も脆弱な急所でもあります。そこをどう守るかが、店長の、そしてプロとしての手腕の見せ所なのです。
搬入口から侵入する影との戦いを制した店長の回想録