私は長年、趣味のカメラを抱えて各地の山を歩き回ってきましたが、その過程で最も多くの教訓を与えてくれたのがスズメバチたちでした。深い森に入ると、そこは彼らの領土であり、人間はあくまで訪問者に過ぎません。スズメバチの種類を知ることは、山でのマナーを学ぶことと同義であると私は考えています。ある時、標高千メートル付近のブナ林を歩いていた際、前方から「カチカチ」という乾いた音が聞こえてきました。これはスズメバチ、特にオオスズメバチが見せる最終警告のサインです。彼らは顎を噛み合わせることで音を出し、これ以上近づくなと警告を発しているのです。その姿を遠目に確認すると、やはりオレンジ色の巨大な頭部が際立つオオスズメバチでした。彼らはその場所の主として、外敵を寄せ付けない圧倒的な威厳を放っていました。山には他にも多くの種類がいます。標高の高い場所では、黒い体が特徴的なクロスズメバチに出会うこともあります。クロスズメバチは他の種類に比べて非常に小さく、攻撃性も低いため、地元では「ヘボ」と呼ばれ食用にされるなど、人間と親密な関係を築いてきた種類です。一方で、美しい縞模様を持つモンスズメバチが、樹液の出るクヌギの木を巡ってクワガタやカブトムシと争っている場面にも遭遇しました。こうした観察を通じて分かったのは、スズメバチも種類によって、守るべき範囲や怒りの沸点が全く異なるということです。例えば、ヒメスズメバチであれば、巣のすぐ近くを通っても、こちらが何もしなければ無視されることが多いですが、キイロスズメバチであればそうはいきません。山歩きの知恵として、私は常に「彼らの目線」を意識するようにしています。ハチがどの高さで飛んでいるか、何に集まっているかを観察すれば、自ずと周囲の種類や危険度が分かります。また、万が一ハチに囲まれた際も、そのハチがどの種類かを見極めようとする冷静さがあれば、無暗に手で振り払うような危険な行動を避け、静かに後退するという正しい判断が下せます。スズメバチは恐ろしい存在ですが、彼らが山の中で害虫を狩り、生態系のバランスを保っている功績は計り知れません。種類ごとの個性を尊重し、適切な距離を保つこと。それこそが、自然を愛する者が持つべき、スズメバチとの共存の知恵なのです。