本棚の奥深く、あるいは長年動かしていない段ボール箱の底から、銀色に光る流線形の影が、まるで意思を持っているかのようにクネクネと驚異的なスピードで走り去っていく。その不気味な光景を目撃したことがある人は、生涯その姿を忘れることができないでしょう。その虫の正体は「シミ(紙魚)」。その名の通り、魚のような独特のフォルムと、体表を覆う銀灰色の鱗粉が特徴的な、古くから存在する最も代表的な「本の虫」です。彼らは光を極端に嫌い、暗く、暖かく、そして湿度の高い場所をこよなく愛します。そのため、空気の動きが少なく、人の目が届きにくい本棚の奥や押し入れ、壁紙の裏側などが、彼らにとって最高の繁殖場所となります。シミの真の恐ろしさは、その旺盛な食欲と驚異的な生命力にあります。彼らの大好物はデンプン質や糖質、そしてタンパク質であり、本で言えばページそのものである紙(セルロース)はもちろんのこと、製本に使われる糊や、美しい装丁が施された表紙などを、まるで表面を削り取るように食べてしまいます。被害にあった本のページには、地図のように不規則な形にかじられた跡が残り、ひどい場合には薄く透けてしまったり、小さな穴が開けられたりします。しかし、彼らの食欲は本だけに留まりません。壁紙の糊を食べて剥がれの原因を作ったり、レーヨンなどの化学繊維や衣類についた食べこぼしのシミまで食害したりと、その被害は家全体に及ぶ可能性があるのです。さらに驚くべきは、彼らの生命力です。環境さえ良ければ七年から八年も生き続けると言われ、何も食べなくても一年近く生存できるという驚異的な飢餓への耐性を持っています。つまり、一度棲みつかれてしまうと、非常に長い期間、あなたの家と財産を静かに蝕み続けることになるのです。彼らは乾燥には弱いため、その対策は徹底した湿度管理が基本となります。もしあなたの家でこの銀色の悪魔を見かけたなら、それは本棚だけの問題ではなく、家全体の環境を見直すべきだという、極めて深刻な警告のサインと受け取るべきでしょう。