アシナガバチに刺されるという体験は一瞬の出来事ですがそのミクロの世界では極めて精巧なメカニズムが作動しています。彼らの武器である毒針は単なる注射器のような単純な針ではありません。実はこの毒針は産卵管が進化して変化したものでありそのため毒針を持つのはメス(働き蜂と女王蜂)だけです。オスには針がないため刺すことはありません。毒針の構造を詳しく見てみると中心にある一本の太い管(刺針)とそれを包むような二本の覆い(大顎のような構造)から成り立っています。さらに針の先端には「返し(バーブ)」と呼ばれる微細なギザギザがついています。ミツバチの場合はこの返しが大きくて鋭いため一度刺すと皮膚から抜けなくなり内臓ごと針が引きちぎれて死んでしまいますがアシナガバチやスズメバチの返しは比較的小さいため刺した後もスムーズに引き抜くことができます。これにより彼らは一度だけでなく何度でも相手を刺して毒を注入する連続攻撃が可能となっているのです。これがアシナガバチに襲われた際に被害が拡大しやすい理由の一つです。刺される瞬間のメカニズムとしてはまず蜂は腹部を曲げて針を対象に向けます。筋肉の収縮によって針が皮膚を突き破ると同時に毒嚢(どくのう)と呼ばれる毒を溜めた袋が圧迫され毒液が針の中を通って体内に送り込まれます。この時、針の動きは電動ノコギリのように高速で前後運動をしており硬い皮膚でも容易に切り裂いて深くまで到達させることができます。注入される毒の量は一回あたり数マイクロリットルと微量ですがその中には先述したような発痛物質や組織破壊酵素が凝縮されています。またアシナガバチは刺すと同時に警報フェロモンを撒き散らすことがあります。このフェロモンは揮発性が高く周囲にいる仲間の蜂に「敵がいるぞ!ここを攻撃しろ!」という指令を伝えます。すると興奮した他の蜂たちが集まりフェロモンの匂いがする場所、つまり刺された箇所やその周辺を集中的に攻撃し始めます。一匹に刺された後にパニックになってその場で暴れるとフェロモンを拡散させさらに多くの蜂を呼び寄せてしまう危険性があるのはこのためです。毒針は普段は腹部の先端内部に収納されていますが攻撃態勢に入ると瞬時に露出します。