都会の喧騒を離れた古い寺院の境内で、私は不思議な光景に出会いました。石段の脇にある朽ちかけた木の柱の周りを、数匹の真っ黒な蜂が舞っていたのです。その蜂の名前を、通りかかった住職に尋ねてみました。住職は優しく微笑みながら「それはキムネクマバチですよ。このお寺の古い柱を住処にしているんですよ」と教えてくれました。黒い蜂の名前に「キムネ(黄胸)」と付いているのは、その胸に生える鮮やかな黄色の毛が由来だそうです。住職の話によれば、彼らは何世代にもわたってこの寺の柱に小さな穴を掘り、子育てを繰り返してきたと言います。柱に穴を開けられるのは困りものですが、彼らが熱心に花々を巡り、境内の緑を豊かにしてくれている功績を考えれば、共に暮らす家族のようなものだとのことでした。私はその話を聞きながら、黒い蜂の動きを追い続けました。彼らは時折、空中でピタリと止まり、まるで見守るような視線をこちらに投げかけてきます。その姿は、この寺の静寂を守る守護者のようにも見えました。黒い蜂の名前を知ることで、その場所が持つ歴史や、生き物たちが紡いできた時間の厚みが伝わってきました。もし私が名前を知らないままだったら、単に古びた柱に集まる虫として通り過ぎていたでしょう。自然界において、名前を授けられるということは、その存在が認識され、敬意を払われる対象になるということです。住職が呼ぶ「クマバチさん」という名前には、単なる種名以上の、慈しみと共生の想いが込められていました。夕暮れ時、西日に照らされた彼らの黒い翅が黄金色に輝く瞬間、私は言葉にできない美しさを感じました。蜂の名前を知るということは、その命が持つ価値を知るということでもあります。あの日以来、私は黒い蜂を見かけるたびに、あの寺の静かな時間と、住職の穏やかな声を思い出します。黒い蜂の名前を尋ねたという小さな出来事が、私の心に、目に見える世界だけではない深い奥行きを与えてくれたのです。私たちの周りには、まだ名前も知らない多くの黒い蜂たちが飛んでいます。その一つ一つの名前に耳を傾けることで、世界はより豊かに、より優しく開かれていくのかもしれません。
夏の午後に舞う黒い蜂の名前を尋ねて